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2019.02.12 10:56

岩泉町猩々前交差点

 写真は、懐かしの岩泉町の食堂猩々前の交差点です。杢創舎創業者である私たち夫婦は、昭和30年代の半ば、ここ岩泉町に生を受けました。そして、郷社や雲岩寺界隈で缶蹴りやかくれんぼなど似たように自然の中で町と戯れて遊びました。小学校中学校高校と同じ学び舎での青春を過ごし、繰り上げ還暦を目前に控えるほどに人生の半分以上を共にしてきたことになります。奇しくも、昭和最後の年にお互いの父親が他界してしまい、私の母親は早い段階で認知症を患い、グループホーム暮らしですが、そのお陰もあってか穏やかに過ごしています。岩泉の身寄りは連れ添いの母だけでしたが、昨年転んで怪我をしてしまい、今はやはり盛岡市内の老人ホームでにこやかに暮らしています。なので、岩泉町にあるお互いの実家には誰も住む人が居なくなってしまいました。世の中には似た者同士と云う言葉がありますが、何もここまで似なくても良いものをと思う事もあります。その為、先日家内の実家の荷物の片付けに行ってきたのですが、家は、家内が小学生の時に家族総出で手伝いながら建てたとの事でした。我が家も同様に、私が小学生の時に大工の親父が他所の家を貰って移築した安普請ながらも、子供心に想い出の溢れる家でした。これまた気持ちが判るものです。半身麻痺の私はこの手で片付け荷造りは出来ないので、居間の椅子に座り、隣の部屋と上階から聞こえる音だけを静かに聞くしか出来ませんでした。壁に掛かる「日日是好日」と刻まれた欅板の杢目の美しい化粧板や、もとあった筈の妹夫婦の子供たちの手形を納めた額の日焼け跡を眺めながら、この家を建てた頃の連れ添いの両親や姉妹の笑顔と喜びの様子などを想像しながら自分の家が出来た頃の感情にも浸ってしまいました。曇るガラス窓を手で拭いて外を降りしきる雪を眺めながらストーブの温もりを背中に感じる情景をも想い出します。そうこの地に、こうしたものを思うこの感覚を育ててもらったのに違いないと悟りました。実家の片付け整理等寂しいものはありません。そのうち我が家も同じくしないといけませんが、どこまでも同じ道を行くようです。



 洪水被害痕はなかなか消えませんが、美しさは戻って来ました。