<< 2018年03月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
新着記事
最近のコメント
月別
カテゴリ
2018.03.31 09:38

青空

 家の中よりも外の方が暖かく感じます。空を見上げると青空が美しく夏を思わせる様な雲が浮かんでいます。山も引き立つ季節の中で、歌を口ずさみたくなります。
そう云えば石川啄木の名句に
不来方のお城の草にねころびて空にすわれし十五の心てのがありましたね・・・

2018.03.30 11:24

大和田記念樹

 車椅子の大和田洋平がリハビリセンターを退院して、職場復帰を果たした日に記念樹として植えたのがこのサンシュウユです。今年も黄色の花を咲かせるところでした。花言葉は「持続」「耐久」「気丈な愛」「成熟した精神」などとの事です大和田が車椅子に乗り墨付けしたり、椅子を造る姿を見ると、正しく、大人の成熟した精神力を見ている気になります。近年の医学の進歩により、いつかきっと両足で立ち上がれる日が来るのではないかと根気よく頑張って欲しいと思います。見守る我々も気を長く持ち、長い支援を続けたいと思います。
2018.03.29 09:25

光る季節

 夕日が綺麗な季節です。毎日暖かくて体の調子も良くなってきているのを感じる嬉しい毎日です。で、ついに重機運転出来ました!陽光強く、心も顔も笑顔で輝く光の季節、岩手盛岡に春の到来です。





 前に進み後ろに下がるのは片手でもなんとかできます。

 掴んで放すも片手で可能ですが、左右に旋回は左が動かないと難儀します。なので、仕事場での操作は厳しそうなので諦めます。場内での薪割りの際には少しは働けそうです。
2018.03.28 18:36

フキノトウ

 今日は春を通り越して初夏の陽気でしたね。まだ、岩手の桜便りはもう少し先になりそうですが、先陣を切ってフキノトウが好摩の庭や道路端にぽこぽこと生えてきました。これを見ると春になったなぁ~と一番感じます。(栗城)

2018.03.27 09:42

山霞

 春の霞の中でオーラを放つ姫神山でした。春が来てまた夏になるのは良いんですが、去年の様に冷夏だと寂しい気がしますよね。今年の登山目標を立て始めていました。




 続きまして霞む岩手山に沈む夕日です。春の醍醐味を感じながら、平和な一日に感謝ですね。




2018.03.26 09:40

川の景色

 たぶん気仙川だと思うのですが、春のこの時期の川の流れは毎年美しいと感じます。そして、気仙大工にの名の通り住田の街並みも伝統の雰囲気としつらえを感じますね。先週の土曜日の矢作の完成見学会の帰り道で写した写真です。






2018.03.25 11:32

矢作完成見学会

 昨日は陸前高田市矢作の移築大改修完成見学を開催させていただきました。写真は外壁の汚れを落とすために持って行った洗浄機を当社の佐々木が上手く水道ホースと接続できなくて、施主のご主人さんにてつだってもらっているお笑いいやお恥ずかし写真です。どちらが工務店かわからなくなりますよ・・・・完成写真は私が細やかに写してまいりましたので、後ほど掲載させていただきたいと思います。収納部の棚とか、流し台の小細工類も楽しさがあるし、古材の建具やガラスの利用もなかなかいい感じでした。もちろん150年前の構造材の意匠性も重厚感も素敵でした。



 









 ポカポカの良いお天気でした。
2018.03.24 09:19

月が丘の新築植栽

 昨日も書きながら思ったのですが、私が入院して休んだ時は、矢作だけでなく、ここ月が丘も大改修中の姥小石も同様にまあ打ち合わせ途中でした。そして、この写真の庭木を運んできたのが玉里の大改修のお住まいの庭からです。玉里の大改修現場も私が入院時は工事中でしたから、当時は心配事が頭から離れず、悩みながらも無事完成を心から願っておりました。このホームページ上でも完成の雰囲気はお伝えさせていただいてまいりました。今回はその玉里おお庭からここ月が丘のお住まいのお庭にこれらの樹木を移植させていただきました。縁あってのことなのです。朝から、現地に向かい確認したのですが、繋がりの縁の深さと皆様のご厚情に感謝の想いで一杯になりました。

 大きすぎるのは好摩に持ち帰り大切に育てます。

 花芽が付いている木が生きるといいのですが、根が危うい雰囲気で・・・



 南天は玄関先と裏口の二か所に縁起を担いで植えます。

2018.03.23 10:03

矢作の移築大改修

陸前高田矢作地区での移築大改修の現場が完成し、明日は完成見学を予定させていただきました。そこで、もとタバコ屋さんの面影を偲び、サプライズで写真の看板を造らせていただきましたので、明日お届けする予定です。栗の板に彫り込んで嵌めた「たばこ」と書かれたタイルは解体前からのお店に張ってあった思い出が滲むタイルです。思い出と云えば、私にとっても入院前からの打ち合わせをさせていただいていた思いも重なるのです。初めてお伺いして、屋根裏を見せて頂いた時に、これは単純に解体して壊してはいけないと強く思い、移築してでも再利用した方が良いと感じて、そうしたご提案をしたのです。その案を快く受け入れて頂いたが為に、1年の長い工期でのご不便をお掛けしてしまいました。ましてや打ち合わせ途中で入院し、担当者変更と相成り、我々には計り知れないご不安もあったのではないでしょうか?
工事中も、浄化槽業者と連絡が付かなくなるなど度重なる不安を引き起こすなどあり、無事完成の嬉しさと同様に、申し訳なさの思いも大きく身に降りかかります。でも、浄化槽トラブルは工事部長の藤原が身を挺して努力奮闘し、陸前高田市役所のご担当者の皆さんのご理解とご支援の気持ちもいただけて、なんとか無事に解決できました。加えて浄化槽業の皆様にも助けていだいたのです。先月末の出来事はまるで奇跡の連続だった気が致します。多くはお施主様のお人柄と普段の地域との関りであることは間違いないのですが、建物の構造材から感じるご先祖様の思いや強さが引き起こす奇蹟なのではないだろうかと思えて仕方がありません。明日の見学会は遠方ではありますが、もしもご興味がございましたら、019-601-5192までお問い合わせ頂ければ幸いです。

※当社家具担当の柳村の手による看板です。
2018.03.22 09:51

薄暗い小雨の朝

 数日前のこの写真と打って変わり薄暗く小雨降る3月22日の朝です。予報だと今晩から雪が降りだして大雪になる模様ですね。最近の天気予報は正確なので、まずは覚悟しておくしかなさそうです。やっとズボン下から解放されたのに今朝は、今日は寒くなるからとズボン下をはかされて来ました。なんせ、片腕しか動かせないので、トイレの後のズボンを上げるときにとても厄介で大変なんです。左半身が動かない不便さは、ご飯茶碗を持って食べることが出来ない、パソコンの入力も片手なのでsihutoキーを押しながらの入力が出来ない、服の着替えが思う様に出来ない、手が洗えない、お風呂で背中を洗えない、重いものが持てない運べない、等々書き出すと収まらなくなってしまうほどにあります。伴う精神的ストレスが物凄く、今日の天気の様な気分なのですが、写真の様な晴れ晴れとした気持ちになれる瞬間も無いわけではないのです。朝目が覚めて、自動的に左手が開いた時など、嬉しくて「オー動いた動いた」と一人大騒ぎしてしてしまいます。また、自分で服を一人で着れた時にも、わざとシャキンとして、家内に自慢げにして見せるのです。ご飯を食べる前の「いただきます」の時に手の平合わせが出来ただけでも嬉しくて、喜ぶのです。健常者の方々の誰が聞いても普通に出来るものだと思いますが、その普通が我々片麻痺の者にとっては目標であり、出来た瞬間に無上の喜びを得るものです。なので、私には際限なき喜びの種がこの先にあるのですから、考えようでは仕合せ一杯なのかもしれません。出来ないことが出来た時の嬉しい心の躍動は本当に歓喜の世界観なのです。沈む気持ちを何とかして前向きに一歩高めていくためにも、春の季節感は私にとって重要です。
2018.03.21 10:00

御影石の積込み

 月が丘の新築工事では敷地の周囲にこの石を並べて木を植える植栽工事を提案させていただきましたので、私の発案創作の庭造りとなります。昨日も書きましたが、昔はこうした段取り仕事は私自身が自分でおこなっていたものです。でも半身麻痺となってしまった現在は、頭で考えたことを、簡単なスケッチにしてはたらいてくれる皆に渡して、代わりに体を動かしてもらうしかないのです。スケッチ図には、作業方法や人員に作業手順、そしてなんらかの配管があるとか道路養生などの注意事項までも書き込んで、頭に浮かんだ事柄全てを表現して伝えています。
 それを見て、内に秘めた暗黙の思いもくみ取り図面に寸法を記入して、この石一つ一つのサイズを測り、並べる順番を考えながら積み込んでくれているのがこの写真です。まさに一心同体と私が感じて感謝した瞬間の写真なのです。なんせ、岩泉中学佼を共に卒業した悪仲間であります。先生に殴られた思い出も一緒です・・・笑





 現代は間違いなく人手不足時代なのですが、見渡せば当社には若手も熟練も多種多能工も居てくれて、本当に良くがんばってくれています。感謝の思い以外見当たりません。人はこの通り居るのです。人手不足などと云ってはおられません。でも、製材が始まればアルバイトが絶対に欲しいのです。

 こんな雰囲気で並べました。
2018.03.20 10:54

渡り鳥

 季は春、春の夕焼け空を綺麗な隊列で飛んでいく渡り鳥の鳴き声はどこか寂し気で、新しい門出に必ずある別れを象徴しているようにも感じます。娘から妻へのメールは自分で作った夕食やお弁当の写真の様子です。シンマイ保育士は「子供たちに遊んでもらってる」との感想との事でした・・・・笑
 ジルポルトテイラーの脳の奇蹟を読むと、人間の体に存在する50兆の細胞との意思の伝達をしたことが書かれています。ニューロンの再生や、脳の勝手なおしゃべりなども記載されていて、「おらおらでひとりゆくも」の一人喋りもまた人の脳が持ち合わせる仕組みなんですね。誰でもそうした体験があるのではないでしょうか?
 話は私の脳卒中体験になりますが、思い返すと脳出血を起こす前には今思うと前兆がありました。会社から自宅に戻る運転中に、瞼が突然痙攣して、前を向いて運転することが出来なくなったのです。これは二三日続きましたが、直ぐに現象が無くなるのでそのままにしてしまいました。今思うと、あの時に病院に行けば片麻痺にならずに済んだのかもしれません。そして2017年7月30日、遠山棟梁の定年退職祝のその日に挨拶をした際に自分では口がうまく回らない気がして、「なんか呂律が回らない変だから、2階で休む」と云って階段を上がって2階のソファーで横になりましたが、「口が変にだらんとしてるよ」と、心配した専務が救急車を呼ぶと云うので、「いや呼ぶな車で病院に行こう!ここに鍵がある」とカバンを指差そうとしたのですが、左の指が動かないので、右指で何度も「このバッグにが鍵ある」と言い張ってしまいました。でも救急車を呼ばれたので、諦めて同意しながら、階段を歩いて降りて外に出て、性懲りもなく、自家用車に乗り込みました。でもサイレンの音が聞こえて、やってきた救急車のベッドに乗り込んだのです。ここまでの一連の身動きは出来て会話もしていたので、特に苦しくは無く、意識も正常でしたが、血圧は200/100位に高かった模様です。左指差しが出来なくて動かなかったので不安はあったのですが、まさか左半身麻痺になるとは、思いもしない人生最大の突然の出来事だったのです。その後、救急センターに運ばれて、体を拘束され、MRI室に入れられたのですが、あの脳内に響く嫌な音に抵抗して暴れてしまいました。何度も死ぬぞと怒られながらも、嫌で嫌で仕方がなかったのを今でも記憶しています。後から話を聞くと、脳内で出血しているそれが収まらないと、頭の開閉手術をしなければ、命に係わるかもしれない。そうなると、その後の後遺症は予測できないとの事を先生に言われた様です。私はその間体を拘束されたのが嫌で暴れたのが原因で高血圧が下がらずに出血が止まらなかったのだと思いますが、次第に薬か点滴か何かが利いてきて、たぶん落ち着いたのだと思います。いつの間にか睡眠状態に入って、一命をとりとめ、頭の開閉手術もせずに済みました。そうして、1年半の入院生活でリハビリしたのですが、左半身は自由に動かすことが出来なくて片麻痺のままです。何とか会社に復帰して、頭と口を使いながら仕事を毎日こなし、日記もこうして毎日書いています。その不自由な毎日を無事に過ごすには、家内の専務の助けなくしては有り得ず、私の代わりに図面を書き現場の段取りをする社員の面々無くしては会社が機能できません。また、昔の私の様に体を動かして働く大工や多能工メンバーが一心同体になって働いてくれるからこそ、お請けした住まいが出来上がります。本当に感謝しています。何時までこうした状態が続くのかと不安な気持ちになるのですが、奇跡の脳を読んで10年で復活した脳学者の生き様や考え方を学び、今を懸命に生きて頑張りたいと思います。
2018.03.19 09:48

 好摩敷地内の庭を散策すると、蕗の薹をはじめ、春の香りに包まれていました。案外、槐や水木の蕾が可愛くて、見ていて愛おしくなります。自然の息吹の絶妙な季節感が敷地一杯に充満する歓喜のときです。この時期はこの瞬間瞬間を見逃したくない気持ちで一杯になります。
 そう云えば、昨日で読破したのが、「奇跡の脳」~脳学者の脳が壊れたとき~です。高名な脳学者自身(ジルポルトテイラー)が脳卒中になる瞬間そのものを体験して観察し、その後回復して奇跡の復帰を遂げるまでの記録を著書にしたものです。我々人類が持つこの体や脳の仕組みの素晴らしい仕組みには驚きのシステムが隠されているのですが、それをいかに発動できるかに私自身が今取り組んでいるのだと思います。今朝も目覚めの朝には、全神経全細胞に感謝の気持ちになりました。



2018.03.18 12:36

豊島区長崎銀座

いつのまにか青い空が のぞいてる
思いつめた黒い雲は逃げてゆく
君はどこで生まれたの 育ってきたの
君は静かに音もたてずに大人になった. Un un Un un un
白い膚が光に触れまぶしそう
髪の色は青い空に浮きたって
燃える夏の太陽はそこまできてる
君は季節が変るみたいに大人になった. Un un Un un

井上陽水の「いつのまにか少女は」でした。
今回の東京行きは三女の就職が東京の保育園なので、
その引っ越しの手伝いで行ってきました。







2018.03.17 10:48

枝垂桜

 東京都渋谷区駅前のハチ公の銅像の上で枝垂桜が綺麗に咲いていました。岩手ももうすぐ春ですが、東京は春でした。
2018.03.16 09:21

二年目のシクラメン

 二度目の冬を乗り越えたシクラメンです。夏は一輪ずつ開花をバトンし続けていました。今年も咲き続けるのでしょうか。
 昨日はあたたかいを通り越して、汗ばむ陽気の地域もあったのではないでしょうか?数日前までは運転中に暖房をつけていたのですが、もう冷房を付けたくなりました。しかし、今日の日中は昨日と10度も下回るという予想最高気温。3月気温の変化にはなかなか体がついていきませんね。もう少し、厚手のコートは手放せなさそうです。(栗城)

2018.03.15 09:24

モグラ道

 今日は暖かくなりそうですね。盛岡の予想最高気温は17度。県内では20度になる地域もあるとか!昨日仕事で仙台に行ってきたのですが、一足早く20度に達していました。道行く人の中には半そでTシャツで歩く姿もちらほら…。雪はもちろん少しも残っていませんでした。
 さて、好摩のには残雪も今日で一気にと溶けるでしょうか。地が雪解けであらわになった部分に目を向けると、いくつかの穴とそれを繋ぐように土の掘り進めたような跡がありました。モグラがせっせと歩いたのでしょう。春がすぐそばにあることを感じます。(栗城)

2018.03.13 11:37

掴み装着

 明日は病院で丸一日休みなので、ついつい明日の分の日記も書いてしまいました。と云うか、これはもう嬉しくて自慢の写真になりますね・・・重機に掴みが装着されたのです。丸太を掴んで移動するにも良く、現場で大きな石を移動させるにも便利です。何と言っても、好摩にばらけている背板の片付けに役立ちます。そして、薪丸太の玉切りでも大活躍してくれると思います。誰も見ていないことを良い事に、さっき一人で重機に乗って運転してみようとしたのですが、足元が滑って危険なので止めて、写真だけ写してきました。でも少し前に実際に動かしてもらったので、きちんと使えるのも確認できたし、まるで人の手の様に開いて掴むんですよーおらの手もこうなればと思いました。いや、私の体の代わりになるまでに操作できるようになろう!良く見えないかもしれませんが、アームのプレート補強もしたんですよー
2018.03.13 10:01

ガラス瓶

好摩の事務所脇の私の仕事場の大きなガラス窓のところに、ガラス瓶を並べてみました。外の光で綺麗に輝きます。これらは解体現場で拾ったものです。ゴミと思うかどうかは人次第です。でも、泥だらけだったので、何度も良く洗ってこの姿です。手を掛けるかどうかは、後のイメージが持てるかどうかですね。
2018.03.12 10:08

丸太

 特殊伐採を生業の一つとしているフリーランスの森君からの依頼で、ユニック車を貸したのですが、サイカチや胡桃に山梨と思われる丸太が届けられました。サワラの様なヒノキの様な水に強い針葉樹も有って、こんな一握りの人間同士の小さな繋がりで、これらの樹木が無造作に粉々にされずに、製材されて板となり、新たなが命が吹き込まれるのです。製材機が手元に在る者としての使命感の様なものさえ感じてしまいます。

※このタダノのクレーン車は私が入院前に見積もりを取り、入院中に購入したので、私は一度も乗っていませんから、悔しいもので、何とか左半身麻痺を直して自ら運転したいものです。そうすれば、たぶんこうした丸太の積み込みも手伝いが出来るはずです。
2018.03.11 10:26

台所の一万年

 今、とても面白くて読み込んでいる本が「台所の一万年」といタイトルの本です。写真のガラス窓の向こう側に見える煉瓦の竈は現在も使用可能です。という具合で、そうした調理場の変遷の歴史が書かれた本だとばかり思っていたのですが、内容はそうした上辺の事ではなくとても奥の深い「生きるとは何か」と云ったものでありました。正しく私たちは食べることで生命を維持しています。しかもその食べるものは、人間以外の生き物の命を頂くものであるのです。牛や豚を食べるにも、その食べる瞬間まで長生きさせて置けば冷蔵庫はいらないし、一番美味しく内臓も捨てずに全て大切に食べることが出来る。毛皮を剥いで鞣して服にも出来て書物にもなったし、シッツポの強毛を筆にしたとか、魚の頭や内臓の荒汁すまし汁。骨を良く焼いて砕いてふりかけにしたなど、現代のごとき生ゴミにはしない食べ尽くす術とコンビニやスーパーで期限切れを捨てる事とは全く違う生き方をしてきた台所事情の一万年が描かれていたのです。今日は東日本大震災から7年になりますが、電気に頼る現代の危うさの中で便利を追及して生きる工夫もせずに、生きるためには食べなくてはならないのに、余れば捨てるお店の棚に食材が並ばないと困るのが狩猟や農業を捨て忘れた現代人なのです。今一度、何故生きるのかどう生きるのかを今日は良く考えようと思います。こうした本の数々を板倉に並べて好摩図書館にしてみたいものです。ついでに間取り集や家造りのポイントなどを書き記したものを並べて、閲覧できる場所造りも良さそうではないでしょうか?そこには木工体験作業場も併設されて、DIY方法の知恵提供とか道具の貸し出しなど面白いと思いませんか?


2018.03.10 13:54

煌めきの風景

 今日の出勤はお昼過ぎになってしまいましたが、道中の景色はキラキラと煌めいていましたね。これから毎日がこうだと良いのですが、昨日のような土砂降りはご遠慮願いたいものです。
2018.03.09 10:23

どんぐり玩具

 どんぐりころころと動揺を奏でるオルゴールの上でくるくる回るドングリネズミの可愛い木の玩具です。この手の玩具に合う音楽は、ジブリや宮沢賢治の星巡りの唄のようです。既にそうしたものと幾つも出会いました。木育で子供たちに木に触れて貰うといい感性が育つのかもしれませんが、大人にとっても心に沁みるものではないでしょうか?
2018.03.08 09:23

落胆の時

 日曜日の良い天気で浮かれた筈が、翌日には再度また落胆の降雪に意気消沈した週の初めでしたが、次第に持ち直し温んで来たと感じます。これの繰り返しで気が付くと待ち焦がれた春の到来になるのだと思われます。でも、朝晩の道路走行には十分を気を付けないと、事故車両との遭遇が日に日に増えていますので、お互い気を付けましょう!


2018.03.07 11:06

復興の町

 4日の日曜日に岩泉町に行きましたが、台風10号の河川氾濫被害からの復興途中の道筋でした。でもテレビに何度も出たここ道の駅は綺麗に改装されて既に賑わっていました。


 大本街道沿いはまだまだ工事途中でしたが、遥か向こうに見える霊峰の景色は昔通りに美しい大自然です。

 今朝は、鉈屋町の蔵修繕中の現場に寄って工事を見て来ましたが、大工の手際よい仕事振りや生き生きとした姿に触れて、最大限の元気をいただいて戻りました。新築を作り上げる技術は当然ながら凄いものはあるのですが、木で出来た建物の歪みを直す技能には連綿と続いた技術が受け継がれた凄みと感動を覚えました。
↑車知栓継ぎを外して10㎝倒れた大黒柱の歪みを直して、元通りに確りと楔を入れ込んで頑丈に固め直しました。↓

100年長持ちさせる技能は、地域の山々が再生する長さに繋がります。循環の形成を生み出して来た日本の伝統的な木の文化は大切に守りたいものです。その為にも、今回の様な工事は大切な伝承の場面だと思うのです。
下は外周部の柱を補強しながら持ち上げ直しているところです。これは設計側のアイディアなのですが、大工としての技能があって成り立つものです。

2018.03.06 12:24

岩泉町のお寺にて

 昨日の日記の続きになりますが、家内の運転で娘と三人でお墓参りをしてきたときの写真です。宇麗羅山上空には突き抜ける様な青空がどこまでも広がり、霧のかかる山を包み込む大きさの青空でありました。

 岩泉のお寺は雲岩寺です。小学校の帰り道には皆でここに集まり日が暮れるまで遊んだんです。




除夜の鐘突きは毎年の恒例ですね。たぶん今も・・・?

 大きな櫟の木の中に入って遊んだことも、楽しかった思い出です。
2018.03.05 11:07

故郷

 今年の春、三女は大学を卒業し東京で働き暮らすことになります。再来週、その旅立ちの日を迎えることになりますので、その前に岩泉のお墓参りに連れて行ってきました。三女は、自宅のある上田堤町内会から会報の寄せ書きを依頼されて、「この春には東京で働き暮らすけど、そこで思い出すふるさとが、ここ上田堤だ」と書いていました。そうなのです。私たち夫婦にとっての故郷は岩泉町であり、先祖代々のお墓も岩泉にあるのですが、子供たちにとっての故郷とは違うのかもしれません。でも、私たちが子供の頃に遊んだ山や川も海も、銭湯の想い出も全てが岩泉町にあるのです。その思いは、この町の風景の中に置いて忘れることは無く、盛岡の上田堤にまでも持ち込んでいるのは間違いないのです。何かの折や季節ごとの先祖供養日に訪ねて、小さき胸に膨らました楽しさや悲しみの全てを大人気なく引き出しては長い時間の中でも決して色褪せることなく鮮明にページを辿れるものです。その引き金となるのが今日の写真の慣れ親しんだこれらの風景なのだと感じます。青春の真っただ中にいる娘の胸中に去来する思いは計り知れないのだけれども、今後お墓をどうしようかと悩みながらも、彼岸やお盆の家族の行事としてのこの地は私たち家族にとっても大切な場所なのかもしれないと思った一日でした。

娘が写した龍泉洞の空です。


龍泉洞の入り口のその上にも穴があってここも昔は入り口だったのです。


涙を流す目のような写真を写した娘です。




2018.03.04 10:01

清明

 季節は雨水から清明となり次第に穀雨に至るものと思われます。雪の中の草木の幹回りや根元を見ると、周囲を取り囲む雪が消えて丸い穴が見えますから、樹木が土の下から生きる源の水を吸い上げているのだろうと思います。それによりその熱で根雪が解けるとすれば、正しく自然は生きていると感じるのです。これは学説で学んだことではなく、長年季節を観察してきて思う個人的見解です。子供のころから50年を超える歳月をこうした四季の移り変わりの中に身を置いて不思議に思った事柄が全て理に適っているものなんだなぁーと一人呟きがながら身近の自然現象を見つめて来ました。そうすると、手近の本に「日本の七十二候を楽しむ」があります。サブタイトルは旧暦の有る暮らしです。たぶん江戸の暮らしには会うのだと思いますが、雪国の南部藩岩手だと少し時期がずれて感じる内容だと思われます。でも、そのずれが待てば次にこれが来ると考えるだけで明るく元気になれる様に感じています。人生もまたしかりならんものをと・・・
2018.03.03 10:38

雪捨て場

 四十四田ダム湖脇の雪捨て場が物凄いことになっていましたが、今日は暖かい一日になりそうですね。三寒四温で温い日が1日でも多い連鎖の繰り返しが好ましいのであります。昨日も書きましたが、昔から人はこうして自然界と向き合ってきたのだから、古の言い伝えを信じて喜びに変換しながらこの平成30年を歩もうと思い直しています。
2018.03.02 10:03

春まだ遠し

 空が壊れた様な大荒れの天気ですね。写真の青空が続いた日々が嘘のように思われます。なんか、毎年こんな事無かったのに異常だねと言っている気がします。Co2大量排出を原因とする地球温暖化の影響の基は全て人間活動に起因すると云われて久しく、テレビの国会討論を見るに付け、誰かこの非常時に対する問題提起を出来ないものだろうかと思います。なんて、本当は一個人が考え行動すべきなのですが、成す術も無く立ち尽くす感じがします。我々は仕事を通じて大工の伝統の技術の継承を目的とはしていましたが、その奥に木を扱い地域の山を大切にになければならないとの理念に基づく所からの意思の発動がありました。いよいよ本腰を入れて、自然素材でも本当に暖かくこの厳しさを乗り越えられる家造りに取り組まねばなるまいと切実に感じるのでした。

でも、牧水の「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなん国ぞ今日も旅行く」の詩を久々に読んで、昔から人々は厳しい自然と対峙して来たのだと思い起こしました。そして日本人は、自然界の仕組みを生活の一部と化して上手く共生していた歴史と文化があるのだから、嘆く事だけでなく、悟りの心と見極めの知識を重ねて今の時代を乗り越えて行けたらいいのかなと思いました。
2018.03.01 10:43

蓑人形

 今にも動き出しそうな雰囲気があります。これは絵になると思いカメラを向けましたが、動くことはありませんでした。今日の天気は春の嵐ですが、これを機に草木が目覚めるのだと思います。外の杉林に目を向けると、高い所から時間を掛けて枝に乗っかった綿帽子みたいなのがはらりはらりと静かに落ちて行くのが見えます。そのリズムが自然的に長閑で優しいのです。時に、下枝の障害物にぶつかると真っ白な陶磁器が割れるみたいに四方八方に砕け落ちてもいるのです。僅かな時間、そうした風景を眺めてボーッとしてしましました。何でしょうか得体のしれないものに目覚めそうな春の気配が自分自身にも訪れてしまいました。
1